忘れられない人⑥

私は大学病院で胆道、膵臓の癌を受け持っていたことがありました。そこで何度も自分の担当になる一人の患者さんがいました。その方は私がそのチームに配属になる前から何度も入院していたのでした。

彼は肝門部胆管癌という病名でした。胆管が癌によって押しつぶされ閉塞してしまっていたのでした。それによって起きる黄疸と閉塞性胆管炎を起こさないために病院で処置をしていました。胆管が閉塞してしまうと脂肪の消化吸収に必要な胆汁という消化液が腸内に流れず、胆管や肝臓内にとどまり、血液に移行して黄疸という症状を起こします。それに加えて、滞った胆管内に腸内細菌が感染し胆管炎を起こすのでした。この胆管炎は重症化すると急速に死に至るような感染症でした。

私達のする治療というのは、特殊な内視鏡で胆管のなかにステントを入れるというものです。これによって詰まっている胆管を拡張させて感染した胆汁を胆管から流し、黄疸も改善することができます。

しかし、入れたステントは時間が経つと内部で詰まってしまい、新たにステントを入れ替えをする必要がありました。内部が詰まってしまうとまた閉塞性胆管炎を起こしてしまうのです。癌の治療どころか、胆管炎という感染症で命を落とす危険があるのでした。

そのために彼は何度も入退院を繰り返していたのでした。それは、1ヶ月間入院して退院したら1ヶ月たたないうちに再入院になることもあり、ほとんど病院にいるのではないかと思うほどでした。

ある時、いつものように内視鏡でステントを交換の処置を終えた時です。

ふと私につぶやきました。

「もうこんなことをするのは嫌だ」

もう本当にうんざりだといった顔でした。

「こんなことをするなら死んだほうがマシだ。ずっと入院ばかりしてずっと我慢しなくてはならない。こんな思いをもうしたくない。」

確かに家で過ごす時間は少なく、安心できる時間は少ないように感じました。入院生活というのはストレスのかかるものです。周囲は知らない人だらけですし、病院ならではの制限もあります。仕方がないこととはいえ、プライバシーも守られているわけれはありません。日常になかなか戻ることができないことに苛立っている様子でした。

その後、本人と家族と話をしました。結論としては、残された時間をどうしたいか考えたときに、今の治療を続けるのではなく家で過ごす時間を優先したいと望んだのでした。私の考えとしても、彼の思うように生きることが一番いいだろうと思いました。家族はアメリカに住んでいましたが、すぐに日本に戻る手配をしていました。その後往診医の先生をみつけ、彼の娘さんの家族と一緒に過ごされました。

数ヶ月経ったある日、彼の家族が病院にやってきました。以前にもお会いした彼の娘さんでした。明るい笑顔で私達に対してとても感謝していると伝えに来てくださったのでした。

「家にいて不安なことよりも、本人が本当に家で穏やかに過ごすことができて嬉しかったです。何より家族で本当に楽しく過ごすことができました。一緒に過ごせてよかったです。」

それを聞いて私はとても安心しました。

実のところ私は、彼は自宅に帰ってからの期間はそれほどないのではないかと思っていました。胆管炎を起こすリスクが非常に高いからです。そのため、本人も家族も想像以上に混乱することがあるかもしれないと思っていたのでした。しかし、自宅ではとても元気に安らかに過ごせていた様子でした。それは本人だけでなく家族にとってもでした。彼自身が繰り返される治療にうんざりし、生きる意味を見いだせなくなっていた状態から安らかに過ごされていたと聞いて私はとても嬉しく思いました。早速一緒に治療をしていた上司に彼のことを報告しましたが、上司は彼を覚えていませんでした。それに関して当時の私はとてもがっかりしたのでした。

このように書くと一部誤解を招くかもしれませんが、癌の治療を否定しているのではありません。最終的にもっとも大切なことは、当事者がどう生きたいか選択できることではないかと私は思います。世の中には情報もたくさんあり、様々な意見があると思います。しかし、自分の人生を生きるという意味で揺るぎないことは、自分で自分の人生を選択することなのではないかと思います。それが彼が安らかに過ごせたことにつながったのではないかと思います。

癌の治療というのは様々な側面があると思います。癌自体にアプローチをするもの、癌の治療に向き合うためのサポート、薬の副作用に対する治療などがありますし、周囲の人のサポートも必要であると考えています。

その頃からか、私は自分が興味を持って見ていることが他の医師と違うように感じ始めました。おそらく当時の私の周囲の医師は、病気に対してどう処置していくかを追求していたと思います。しかし私はその人の生涯がどうあったらいいかに興味があったのでした。

当時の私は自分に湧き上がる感情に従って起きている現象を対処しようとしているようでした。目の前にいる人をどうしていったらいいいか、どうしたら安心できるか、幸せに過ごせるか、といったことが中心に物事を考えていました。ですから、常に不安に悩まされていました。相手が不安になるのが不安でした。相手が嫌な気持ちになったらどうしようといつも不安だったのでした。

この一件で私の人生の選択が変わり始めたような気がします。


宇宙のマンタ

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